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ペンと透明水彩で描いた自作の紹介やアート観賞のレビューなど。
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銀座のヴァニラ画廊にて、エドワード・ゴーリー展が開催されていると知って、近くに行ったついでに寄ってみたら、なんと行列がついていました!30人ほどでしょうか。私が帰る時にはさらに増えて40〜50人は待っていたかと思います。行列のできる美術展はよくありますが、行列のできる画廊って、初体験かもしれません。コアなファンが多いのですね。こんなに日本で人気があるなんて、恥ずかしながら全く知りませんでした。



私がゴーリーを知ったのは、河出書房から出ている絵本を友人に見せてもらったのが最初。その後、確かヴィレッジバンガードで紹介されていて、自分でも数冊買いました。特に「キャッテゴーリー」(写真左上)を気に入って、しばらく飾ったりしていたのですが、ここのところは本棚の奥の方に入れっぱなしでした。




ゴーリーはイラストレーターであり、絵本作家であり、ミステリ作家であり、舞台デザイナーでもあったようです。展示はポスターやフライヤー(チラシ)、書籍といった印刷物が中心でしたが、リトグラフは数十点ありましたし、貴重な原画も10点ほどありました。それにカンバッチ、ぬいぐるみ、トランプカード、豆本などのグッズも。

極細のペンとインクによる丹念な線描がゴーリー絵画の特徴です。ペンだけのモノクロ画が中心で、彩色の場合は水彩で軽くフラットに仕上げられています。原画は想像以上に小さく、手のひらサイズやその半分くらいのものも。それが何十倍にも引き延ばされてポスターになっていても、まったく粗さが出ないのです。線描の魅力を感じます。

子どもの死など、残酷なテーマを取り上げるゴーリーの世界は、この世の不条理さを表していると言われています。しかし、そんな中にもユーモアがある。シュールで独特の世界観は、ハマると抜けられない魅力があるのでしょう。

だけど、私自身が好きなのはやっぱりゴーリーの描く猫たち。本当のゴーリーファンとは言えないのかもしれませんが・・・。ユーモアたっぷりで、表情豊か。ゴーリー自身、猫が大好きで、生涯独身で猫と暮らしたそうです。ゴーリーの作品の中では、子どもでも怪我したり死んだりすることが多いのですが、猫だけはほとんどひどい目に合わないそうです。

展示としてやや残念だったのは、絵やキャプションの配置。たくさんの作品を並べるため、壁に二段、三段と飾られているのですが、作品のサイズが小さく、繊細な絵のため、下のほうは腰をかがめないと観られません。また、キャプションが細かい文字のため、混雑の中、中腰のままみんな顔を近づけており、観づらそうでした。これだけ人気のアーティスト、今まで日本での展示がなかなか実現しなかったそうですが、小さくともどこか美術館で展示してもらえたら、もっとゆっくり観られるのにな・・・と今後に期待です。

展示は28日まで。入場料は1000円かかります(下部写真のパンフレット付)。詳細はこちら




待つことを覚悟で時間に余裕を持って、あたたかくして、でもギャラリー内は人が多くて暑いですので重ね着で、かつ中腰しやすい服装でお出かけされることをおすすめします(アート観賞っぽくないですね・・・笑)。

また、今回のコレクションを所有されている濱中利信さんのウェブサイト「Wonderful World of Edward Gorey 」でも多数の作品が紹介されていますので、ぜひシュールな世界を覗いてみてください。


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芸術の秋到来で、美術展が目白押しですね。国立新美術館で行われているアメリカンポップアート展が来週月曜日、10月21日までだということに気がついて、今日あわてて行って来ました。

現代美術はそんなに得意ではない領域です。ただ、スケッチ仲間から長いこと借りている(2年くらい・・・)村上隆氏の「芸術起業論」「芸術闘争論」を今読んでいるところなのです。その中で現代美術の解説がいろいろ書かれており、本展覧会のアーティストも登場するため、この機会に観ておこうと思っていました。


ポップアートのポスターと黒川建築が不思議にマッチ

村上隆氏によると、現代美術を「好き嫌いで観てはならない」そうです。好き嫌いを基準にすると、分かりやすいものに流れてしまうからとのこと。
ではどうやって観たらよいのか?観賞のポイントは、
  1. 構図
  2. 圧力
  3. コンテクスト
  4. 個性
わかりやすいのは構図。これは一般(といっていいのかわかりませんが)の絵画と同じで、視線の流れとか、回遊とか。

個性もまあわかりやすいですね。村上氏としては日本美術界が「自由」を強調しすぎて、逆に「個性」が育たないことにものすごく危機感を抱いているようです。

圧力は、うまく理解できていないように思うのですが、作家もしくはその流派のアートや作品との向き合い方。粘着質さ、真剣さみたいなもの。

そして、とりわけ強調されていたのはコンテクスト。文脈とか背景とかいう意味の ”context” だと思うのですが、村上氏の解説によると、現代美術作品では、美術史上の遺産やルールに則ったり、逆にそれらをちゃかしたり、新たなルールや解釈が提示されたりしている。優れた作品の場合はそれが幾層にも重なっているらしい。ただただ自由にやればいいというわけではなく、これまでの歴史に対する深い理解があった上での提示でなければならない。それを観る側も理解して、なるほど!と思えるかどうかがポイントになるそうです。


トム・ウェッセリマン作品のポスター
女性のポーズもバックのルノワール絵画も美術史のコンテクストが反映されていると考えられます


で、これらのポイントを踏まえて観に行ってみたのですが・・・うーん。。。どうしても感覚的に「なんとなく好きかどうか」観てしまいますね・・・。勉強不足でコンテクストを充分理解できないせいでしょうか。

そんな中でも、やっぱりウォーホルはものすごくパワーがあると思いました。大量生産・大量消費社会への変化をテーマとしており、時代のパワーみたいなものが作品に出ているような気がしました。自身も「私は機械になりたい」と言っていたそうです。

リキテンスタインはアメリカンコミックそのもの。これを観ると、村上氏の言うように、日本のアニメやマンガもアートとして昇華させられる可能性を強く感じます。


リキテンスタインのポスターが重なって見えるポイント

線スケッチャーとしては、ソフト・スカルプチャー(柔らかい彫刻)のクレス・オルデンバーグの展示が結構楽しめました。習作のスケッチやドローイングの線に力と味があって、それが立体物になっていくのが間近に観られたので。・・・ってやっぱりスケッチやドローイングを楽しんでしまいます。

それから、ジャスパー・ジョーンズの油彩にアルファベットのスタンプを押した作品(確か「白いアルファベット」)は文字の無垢な感じが伝わってきて、シンプルで印象的でした。

また、様々なアーティストたちが今回のコレクションの所有者であるパワーズ夫妻に贈った小さな作品、誕生日やバレンタインのカード、メモ書きなどもよかった。パーソナルな気持ちがこもっている感じがして。

・・・というわけで、最後には村上氏の観賞のポイントは忘れて観ていました。しかし、その後キミコ・パワーズさんのインタビュー記事で作品選びの方針は「その絵が好きかどうか、だけでした」(サライ 2013年8月号)とのコメントを見て、ちょっと安心しました。


今回の展覧会で驚いたのは、若い人、それも20代と思われるようなカップルが多かったこと!先週のカイユボット展は40代〜60代くらいがメインの客層だったのとは対照的でした。

展覧会グッズも面白い。ガチャガチャ形式のキーホルーダーや、キャンベルスープ缶の本物が販売されていました。キャンベルスープ、買っている人を結構見かけたのですが、おいしくなさそう・・・。いや、オブジェとして飾るのかな。

そして、ウォーホルの作品となったキャンベルスープ200缶の本物がミュージアムショップに展示されていました。でも、ウォーホルの作品を見た後だと、本物のほうがつまらないし、パワーも感じられない。改めてウォーホル作品の偉大さを感じ、美術館を後にしました。

写真撮影可でしたので、列に並んで撮っている人が多かったです

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東京八重洲にあるブリヂストン美術館で行われている「カイユボット展」へ行って来ました。カイユボットは日本ではあまり知られていない、都市を描いた印象派の画家。日本での本格的な展覧会は今回が初めてだそうです。




画家としてよりも、コレクターとしてのほうが有名だそうですが、ものすごい「ボンボン」ぶりでした!お金持ちの家に生まれ、若くして父親の莫大な財産を相続し、職につくことなく(画家が仕事といえば仕事だったのかもしれませんが)、絵を描きながら、切手収集、カヌー、ガーデニングなどを趣味として楽しみながら、弟と遊び暮らしたそうです。趣味といっても、ガーデニングは郊外に庭園を作り、カヌーは造船の設計までしたらしく、現代で一般市民が言うところの「趣味」とはかけはなれた領域です。

ピサロやモネやマネなど、多くの画家たちのパトロンでもあったそうで、ルノワールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」やドガの「エトワール」を死後オルセー美術館に寄贈したそうです。

さて、そんな浮世離れしたカイユボットの描く作品。
後期には自然を描いた作品が多かったようですが、やはり若い時代の大都市パリを生きる人々を描いた作品に惹かれました。

 
「昼食」
カイユボット家の昼食風景。




「室内ー窓辺の女性」

同じ絵の中にいる複数の人物が視線を合わすことなく、距離感を持って描かれています。解説によると、上流階級の親子や夫婦の倦怠感や冷たさを表しているそう。




代表作のひとつ、「ヨーロッパ橋」。
左手のカップルこそ一応向き合っていますが、あとの人々や犬はひとりぼっち。華やかなルノワールの絵のように、笑顔の人は誰もいません。

洗練されているせいか、確かにクールな感じは受けますが、深い悲しみや強い憎しみというよりは、小さな不安や不満を表しているように思えます。愛に溢れている感じはないけれども、憎しみ合っているわけでもない。不自由のない暮らしで、だいたいは幸せ。でも、だからこそ感じるちょっとした不満。そんな現代的な暮らしの中の小さな亀裂が描かれているようです。

一方で、家族や夫婦だからこそ、視線を合わせなくても、会話がなくても一緒にいられるという、ある意味においての絆みたいなものも私には感じられました。

描き方として注目したのは人物の配置。
完成作品のクロッキーや習作も一部展示されていましたが、登場人物のひとりひとりのクロッキーを描き、習作で完成作品と同じように配色していました。描きたい世界を表現するために、綿密な組み立てがされています。

師匠が、人物を入れる完成作品(いわゆるタブロー)には描き手がプロデューサーのように登場人物の配役と動きを決めて画面においていく必要があるとよく言っていますが、その重要性を感じるカイユボットの作品でした。

カイユボット展は12月29日まで。
東京駅八重洲地下街を歩いてすぐ近くまで行ける便利な場所にあります。日本ではマイナーなせいかそれほど混雑しておらず、ゆっくり観賞でき、おすすめです。


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連休最終日、神楽坂で行われているイラストレーター福永由美子さんの
「季節の絵日記」原画展へ行って来ました。
 


福永さんのことは、ポストカードを置いていただくことになった
パディーズのオーナーさんから教えていただきました。
お店で名前を聞いた時は分からなかったのですが、その後自宅で
福永さんのイラストが使われているホールマークのメモパッドを発見!
かなり昔に購入したものですが、気に入ってずっと持っているものでした。
(下段左側がそのメモパッド)

  

展示は、雑誌「私のカントリー」の連載、「季節の絵日記」の原画を中心に、
絵付けをされた陶器やアクセサリー、タイルなどもありました。
ボタニカルアートのような繊細な線と色づかいに見入ってしまいます。

また、絵付けしたタイルを手づくりの木の額に入れた壁飾りや、
水彩画のはしっこに描かれた小さな作品(なんと原画が1000円でした)を
和紙をマットにした額に飾るなど、
ご自身の作品を気軽に生活空間に取り入れることが上手で、
そのひとつひとつがセンスがよくて素敵なのです。

この原画展は明日までですが、
日野市のPATISSERIE DU CHEF FUJIUでは10月7日までパッケージ原画展、
山梨では10月中旬にグループ展が行われるそうです。
福永さんのウェブサイトでチェックしてみてください。



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久しぶりに美術展へ行って来ました。

ひとつは「モダン・アート アメリカン -珠玉のフィリップス・コレクション」。ずっと観たいと思っていたのですが、なんだかんだと先延ばしにしているうちに、最終日。仕事がたまたま空いたので、駆け込み閲覧です。

アメリカのアーティストたちが、主にフランス絵画の影響を受けながら、レアリズムから、印象派、抽象主義へと、自分たちのスタイルを模索していく歴史を追うことができます。

展覧会では絵自体よりも、女性画家のジョージア・オキーフの言葉に打たれました。
「リアリズムほどリアルでないものはない。選択、除去および強調によってのみ、我々は物事の真のリアルな意味に到達できるのだ」

efdfefa2.jpeg

















そんな彼女の作品は、画面いっぱいに拡大して描かれた葉。目の前に立つと、大胆な構図に、流れるような曲線と、濃いエンジと淡いグレーのコントラストに包み込まれるようです。器が大きくて、どこか「母」を思い起こさせます。

そしてもうひとつ、千駄ヶ谷の佐藤美術館で行われている「神戸智行展 イノセントワールド」。こちらも最終日に、近くに行ったついでに何となく寄ってみたのですが、とてもよかった。木、葉、石、虫、ヤモリ、金魚など、自然を描いたものが多く、和紙を効果的に使ったやさしい世界。決して強い主張のある作品ではないけれど、静かな迫力がある。こういう主張のさせ方ってとても難しい。

幸運なことに、ご本人にも遭遇し、少しお話することができました。現実の風景や現実のモチーフをスケッチして、そこからイメージを膨らませて、何枚も構図をとって描くのだそうです。


kanbe_kinbyobu.jpg









kanbe_kingyo.jpg















帰り途、ジョージア・オキーフの言葉を思い出していました。「選択、除去、強調」。私は、その過程を経た神戸氏の作品に、自然のやさしさを感じ、オキーフの作品には、包み込むような器の大きさを感じたのですね。

そして、恐れ多いことですが、オキーフの言う「選択、除去、強調」とは、私自身が三十六景展を通して考えたことと、たぶん近いのです。絵を描くことは「変換」なんじゃないかなと、「変換」のあり方が「個性」なんじゃないかなと思います。見たものをそのまま描くのではなく、そこに描き手の主観が入り、現実からいかに「変換」しているのかを観る方は楽しんだり、共感したりしてくださるのではないでしょうか。

現場で実物と対峙して描いていくと、現実にひっぱられすぎてしまうことがあります。実物の持つパワーって強いですから。見たままを、ただただそのまま描いてしまう。着彩でも、つい現実の色を塗ってしまう。そうして現実にひっぱられすぎると、私の場合、たいていちょっとつまらない絵ができあがってしまうのです。
「あなたはどんな『変換』を表現したいの?」
そんな風に問われているような気がした美術展めぐりでした。

 
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プロフィール
HN:
Chinatsu
性別:
女性
自己紹介:
『永沢まことのとっておきスケッチ上達術』に感銘し、こんな風に楽しく描いてみたい!とペンを取りました。以来、仕事の合間を縫って絵を描く日々を送っています。

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