ペンと透明水彩で描いた自作の紹介やアート観賞のレビューなど。
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2日目は、バスでパリからモンサンミッシェルへ移動。
バスの窓からはフランスののどかな田園風景が広がります。
5時間ほどのドライブ後、ようやく遠くにモンサンミッシェルが!
バスから降りて、島内を観光。大聖堂内も見学しました。
その後、3泊する海辺の街、サンマロに移動し、ホテルにチェックイン。
近くのレストランでみんなでディナーを。
ドライバーのアーミッドさんも交えて、わいわいと楽しい会食でした!
完成作品:モンサンミッシェル スケッチ旅 -作品-
【お願い】コメントの際は、パスワードに「コメント」とご入力ください。(スパム対策です。)
バスの窓からはフランスののどかな田園風景が広がります。
5時間ほどのドライブ後、ようやく遠くにモンサンミッシェルが!
バスから降りて、島内を観光。大聖堂内も見学しました。
その後、3泊する海辺の街、サンマロに移動し、ホテルにチェックイン。
近くのレストランでみんなでディナーを。
ドライバーのアーミッドさんも交えて、わいわいと楽しい会食でした!
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完成作品:モンサンミッシェル スケッチ旅 -作品-【お願い】コメントの際は、パスワードに「コメント」とご入力ください。(スパム対策です。)
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更新が滞っておりますが・・・、
昨年に続いて、1年ぶりにフランスへのスケッチ旅に行ってきました!
今回はモンサンミッシェルを中心に、海辺の街サンマロ、そして少しだけパリにも。
毎日の食事を中心に、絵日記風に旅の記録をつけてきたので、少しずつ旅の紹介をしたいと思います。
それ以外の作品は順次色塗り中。でき次第アップしていきます。
モンサンミッシェル スケッチ旅 -3日目-
モンサンミッシェル スケッチ旅 -2日目-
モンサンミッシェル スケッチ旅 -1日目-
モンサンミッシェル スケッチ旅
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昨年に続いて、1年ぶりにフランスへのスケッチ旅に行ってきました!
今回はモンサンミッシェルを中心に、海辺の街サンマロ、そして少しだけパリにも。
毎日の食事を中心に、絵日記風に旅の記録をつけてきたので、少しずつ旅の紹介をしたいと思います。
それ以外の作品は順次色塗り中。でき次第アップしていきます。
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完成作品:モンサンミッシェル スケッチ旅 -作品-モンサンミッシェル スケッチ旅 -3日目-
モンサンミッシェル スケッチ旅 -2日目-
モンサンミッシェル スケッチ旅 -1日目-
モンサンミッシェル スケッチ旅
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東日本大震災が起きた翌々日のスケッチクラスでは、今年最初の野外スケッチが行われるはずでした。中止となり、代わりのクラスで自画像を描きました。昨日はその講評会でした。
「こんな時だからこそ、自分を見つめましょう」と師匠。「いかに自分との距離をとるか、ひとつの物体として描けるかがチャレンジです」とも。
鏡の中に映る自分を見つめるのは気恥ずかしいもの。自分との距離を図りながら、自分であることを意識しすぎず、なるべくモチーフとして観察します。いつものペンではなく鉛筆を使って、線を引いては消し、引いては消しながら、形を探っていきました。正面から描くのは難しいと言われましたが、あえて自分と正面から向き合ってみようと思い、その代わり、真ん中ではなく少し横にずらして構図をとりました。
彩色は、リアルにしすぎず好きな色を塗ってみることに。私が普段よく使う色はイエロー、オレンジ、ピンクなどですが、どうしてもこの自画像のイメージには合わず、ブルー系で仕上げてみました。
スケッチ仲間からは、
・色調がいつもと違って新鮮、水彩のよさが出ている
・線画よりも色があったほうがよい作品、彩色があって完成している作品
・線が多くない、余分な線が少ないところがいい、線描は弱い感じもする
・構図を横にずらした狙いがよい
・都会的、洗練されたイメージ
・カシニョールの海のよう
・自分を遠くから見ている
・・・となかなかよい評価ではありますが、やっぱりほめられるのは線ではなく、色のこと。
師匠からは、
・ポートレイトの描き方として、主に、リアル、イラスト、ファンタジーの3つがある。この作品はファンタジー路線
・作品としてのレベルは高く、商品価値もある
・しかし、色に頼りすぎなきらいがある。色に頼るというのは、料理で例えるならば、盛り付けに凝るようなもの。本質ではない
・線描の段階のほうが、自分を見つめることへの葛藤や、理想と現実の矛盾といった内面が出ていた。彩色することで、そういった部分が削ぎ落とされている。トレーニングとしては、内面性をもっと追求したほうが、面白いし、次につながる
とさすがのするどい指摘。
確かに、線描の際は鏡とずっとにらめっこ。美化しすぎないように、でもあまりにも醜く描くのもためらわれ・・・。他人を描く時は、特徴をつかみさえすれば、あとは適当に美化してしまえばよいので、自画像より断然楽です。美化できないというのは、なかなかしんどい。これが自画像を描く最大の意義なのかもしれません。
しかし、彩色の段階では、鏡を見るのは影の位置を確認する程度。自分というよりも、一人の女性を描いているような気持ちで、色のことだけを考え、ひとつの作品として仕上げていった感じです。だから距離が生まれたと同時に、内面性は失われたのでしょう。線描の段階でコピーをとっておけばよかったなぁ。
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「こんな時だからこそ、自分を見つめましょう」と師匠。「いかに自分との距離をとるか、ひとつの物体として描けるかがチャレンジです」とも。
鏡の中に映る自分を見つめるのは気恥ずかしいもの。自分との距離を図りながら、自分であることを意識しすぎず、なるべくモチーフとして観察します。いつものペンではなく鉛筆を使って、線を引いては消し、引いては消しながら、形を探っていきました。正面から描くのは難しいと言われましたが、あえて自分と正面から向き合ってみようと思い、その代わり、真ん中ではなく少し横にずらして構図をとりました。
彩色は、リアルにしすぎず好きな色を塗ってみることに。私が普段よく使う色はイエロー、オレンジ、ピンクなどですが、どうしてもこの自画像のイメージには合わず、ブルー系で仕上げてみました。
スケッチ仲間からは、
・色調がいつもと違って新鮮、水彩のよさが出ている
・線画よりも色があったほうがよい作品、彩色があって完成している作品
・線が多くない、余分な線が少ないところがいい、線描は弱い感じもする
・構図を横にずらした狙いがよい
・都会的、洗練されたイメージ
・カシニョールの海のよう
・自分を遠くから見ている
・・・となかなかよい評価ではありますが、やっぱりほめられるのは線ではなく、色のこと。
師匠からは、
・ポートレイトの描き方として、主に、リアル、イラスト、ファンタジーの3つがある。この作品はファンタジー路線
・作品としてのレベルは高く、商品価値もある
・しかし、色に頼りすぎなきらいがある。色に頼るというのは、料理で例えるならば、盛り付けに凝るようなもの。本質ではない
・線描の段階のほうが、自分を見つめることへの葛藤や、理想と現実の矛盾といった内面が出ていた。彩色することで、そういった部分が削ぎ落とされている。トレーニングとしては、内面性をもっと追求したほうが、面白いし、次につながる
とさすがのするどい指摘。
確かに、線描の際は鏡とずっとにらめっこ。美化しすぎないように、でもあまりにも醜く描くのもためらわれ・・・。他人を描く時は、特徴をつかみさえすれば、あとは適当に美化してしまえばよいので、自画像より断然楽です。美化できないというのは、なかなかしんどい。これが自画像を描く最大の意義なのかもしれません。
しかし、彩色の段階では、鏡を見るのは影の位置を確認する程度。自分というよりも、一人の女性を描いているような気持ちで、色のことだけを考え、ひとつの作品として仕上げていった感じです。だから距離が生まれたと同時に、内面性は失われたのでしょう。線描の段階でコピーをとっておけばよかったなぁ。
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ここ1、2ヶ月程、本職の仕事がらみで集中すべきことがありまして、すっかり更新が滞っておりました。すみません。
東日本大地震が起こって1週間が経ちました。みなさま、ご家族、ご親戚、お友だち含めてご無事であることを祈っています。被災された方、心よりお悔やみ申し上げます。
絵のこととは直接関係ありませんが、未曾有の大災害、今の自分の気持ちを綴っておこうと思います。
********
私自身は、都内の会社でいつも通りに仕事をしていました。軽い打ち合わせが終わって、さて作業にとりかかろうかという時でした。ビルの17階にオフィスがあるため、かなりの揺れでした。エレベータが停止したので、17階から階段を降りて、屋外に一時避難。1時間ほどしてから、また階段を上がってオフィスに戻り、インターネットのUstreamで配信されているテレビ中継を見て、惨事を知りました。
都内でも余震が断続的に続き、首都圏の電車は運転再開せず、帰宅難民に・・・。夜の22時くらいからようやく地下鉄だけは動き始めたので、今まで経験したことのないくらい混み合った電車に乗り込み、つぶされそうになりながら、自宅から5キロほどのところにある駅で降り、徒歩で帰宅しました。家に着いたのは深夜2時すぎ。翌日はものすごい疲労でした。けれども、被災地の方々に比べたら被害とも呼べないものです。
********
地震後のこの1週間、様々なことを言う人がいて、混乱したり、考えさせられたりしました。
例えば、
テレビ、新聞などのマスメディアの報道のあり方がおかしい。
いたずらに視聴者の不安を煽るような報道をしている。
とか、
東京電力の計画停電は、計画が二転三転して国民生活を混乱させている。
とか、
政府、東京電力が出す原発に関する情報は隠蔽されている。情報提供、説明が不十分。
とか、
今は娯楽性の高いことをするのは不謹慎で、慎むべき。
とか、その一方で、
日本経済が落ち込まないように、普通に働き、飲みにだって行くべき。
さらには、
企業の義援金寄付は、イメージアップ目的だ。
とか、
買い占めや偽善的でひとりよがりなボランティアは迷惑だ。
とか。
こういうことをいちいち、ひとつひとつ受け止めて、ちょっと疲れぎみです。
(もっと流せばいいのだけれど、流すことのできない性格なのです・・・。)
考えた末に私が行き着いたのは、
誰かが困っている人の役に立ちたいと思ってやったこと、
そういうことには、寛大でいようという当たり前のようなこと。
どんな立派な政治家でも、大企業の重役でも、誰しも完璧ではない。計画性が足りなかったり、考えが甘かったり、「あわよくば・・・」と下心を抱いたり、そんなことは誰にでも、いつでもあること。自分だってちっとも計画的じゃないし、考えも甘いし、やっぱり自分のことはかわいい。
物事のネガティブな部分ではなくて、
誰かが誰かのために何かをしてくれている、その事実に感謝したい。
自分もその恩恵を受けて生きているのだということに、感謝したい。
例えば、
帰って来た自分の住む街に、いつものように灯りがともっていること
電車が迎えに来て、行きたいところまで連れて行ってくれること
好きなカフェで温かいお茶や珈琲を飲めること
今日食べる米や野菜や肉や魚があること
帰る家があること
友だちがいること
家族がいること
今まで空気のように当たり前だと思っていることもすべて、誰かが誰かのために何かをしてくれているから成り立っていること。
そして、私も誰かのために、大したことはできないけれど・・・、できることをしたい。今の私にできることは、
被災地の方々の一刻も早い復興を祈ること
微々たる額だけど・・・、信頼できる団体に募金すること
日本経済のため、働くこと
節電、節ガス、節水には気をつけて、できるだけ普通に生活すること
くらいかな・・・。
みんなの思いが、小さな行動が、一刻も早い復興につながりますように。【お願い】コメントの際は、パスワードに「コメント」とご入力ください。(スパム対策です。)
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絵のこととは直接関係ありませんが、未曾有の大災害、今の自分の気持ちを綴っておこうと思います。
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私自身は、都内の会社でいつも通りに仕事をしていました。軽い打ち合わせが終わって、さて作業にとりかかろうかという時でした。ビルの17階にオフィスがあるため、かなりの揺れでした。エレベータが停止したので、17階から階段を降りて、屋外に一時避難。1時間ほどしてから、また階段を上がってオフィスに戻り、インターネットのUstreamで配信されているテレビ中継を見て、惨事を知りました。
都内でも余震が断続的に続き、首都圏の電車は運転再開せず、帰宅難民に・・・。夜の22時くらいからようやく地下鉄だけは動き始めたので、今まで経験したことのないくらい混み合った電車に乗り込み、つぶされそうになりながら、自宅から5キロほどのところにある駅で降り、徒歩で帰宅しました。家に着いたのは深夜2時すぎ。翌日はものすごい疲労でした。けれども、被災地の方々に比べたら被害とも呼べないものです。
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地震後のこの1週間、様々なことを言う人がいて、混乱したり、考えさせられたりしました。
例えば、
テレビ、新聞などのマスメディアの報道のあり方がおかしい。
いたずらに視聴者の不安を煽るような報道をしている。
とか、
東京電力の計画停電は、計画が二転三転して国民生活を混乱させている。
とか、
政府、東京電力が出す原発に関する情報は隠蔽されている。情報提供、説明が不十分。
とか、
今は娯楽性の高いことをするのは不謹慎で、慎むべき。
とか、その一方で、
日本経済が落ち込まないように、普通に働き、飲みにだって行くべき。
さらには、
企業の義援金寄付は、イメージアップ目的だ。
とか、
買い占めや偽善的でひとりよがりなボランティアは迷惑だ。
とか。
こういうことをいちいち、ひとつひとつ受け止めて、ちょっと疲れぎみです。
(もっと流せばいいのだけれど、流すことのできない性格なのです・・・。)
考えた末に私が行き着いたのは、
誰かが困っている人の役に立ちたいと思ってやったこと、
そういうことには、寛大でいようという当たり前のようなこと。
どんな立派な政治家でも、大企業の重役でも、誰しも完璧ではない。計画性が足りなかったり、考えが甘かったり、「あわよくば・・・」と下心を抱いたり、そんなことは誰にでも、いつでもあること。自分だってちっとも計画的じゃないし、考えも甘いし、やっぱり自分のことはかわいい。
物事のネガティブな部分ではなくて、
誰かが誰かのために何かをしてくれている、その事実に感謝したい。
自分もその恩恵を受けて生きているのだということに、感謝したい。
例えば、
帰って来た自分の住む街に、いつものように灯りがともっていること
電車が迎えに来て、行きたいところまで連れて行ってくれること
好きなカフェで温かいお茶や珈琲を飲めること
今日食べる米や野菜や肉や魚があること
帰る家があること
友だちがいること
家族がいること
今まで空気のように当たり前だと思っていることもすべて、誰かが誰かのために何かをしてくれているから成り立っていること。
そして、私も誰かのために、大したことはできないけれど・・・、できることをしたい。今の私にできることは、
被災地の方々の一刻も早い復興を祈ること
微々たる額だけど・・・、信頼できる団体に募金すること
日本経済のため、働くこと
節電、節ガス、節水には気をつけて、できるだけ普通に生活すること
くらいかな・・・。
みんなの思いが、小さな行動が、一刻も早い復興につながりますように。【お願い】コメントの際は、パスワードに「コメント」とご入力ください。(スパム対策です。)